土曜特集「ネット・バイオレンス」

平成12年度芸術祭参加ドラマ
ネット・バイオレンス〜名も知らぬ人々からの暴力〜

キー局:NHK
制作:2000年
放送:2000/11/11
演出:六山浩一
作・脚本:野沢尚
出演:夏川結衣、北村一輝、三島嘉崇、出口結美子、長井梨紗、鈴木敬介、玉生司朗、南条好輝、妻形圭修、宮田圭子、泉祐介、辻イト子、平野麻美、岡部幸子、宇都宮愛、竹下真一、藤川真由美、鈴木千賀子、福王盛勇、鎌田貫太郎、片岡千鶴

解説:第27回放送文化基金賞本賞受賞作品。同賞女優演技賞受賞(夏川結衣)、演出賞受賞(六山浩一)、映像賞受賞(宮内清吾)対象作品。第40回日本テレビ技術賞奨励賞受賞(録音)作品。
インターネット上の「匿名の暴力」に立ち向かう女性を描く。雑誌記者の亮子(夏川結衣)は、バツイチのシングルマザー。心のよりどころは、インターネットを通じて同じ様な境遇の人々と意見交換することだ。ある日、ふとしたことから本名を明かして意見を投稿したところ、全国から個人攻撃を受けてしまう。亮子はその先鋒である「大阪ヨーコ」と名乗る人物に接触を図り、その正体を突きとめるため大阪に乗り込む。


「覚書にかえて」野沢尚
ネット犯罪は、インターネットで本格的に金融取引が始まれば加速度的に増えていくだろう、と専門家は予測する。
が、電脳世界はすでに、犯罪という明確な形を取らなくても、我々の生活を蹂躙しているような気がする。
ハンドルネームを持つ人々が自由な意見で意見交換をする匿名社会は、人々の心に悪意を増殖させている。発言に責任を取らなくてもいい。てっとり早く相手を攻撃できて、憂さ晴らしができてしまう。
実は私も、その被害を受けた一人だった。
フジテレビで放送された『眠れる森』(98年)、そして『氷の世界』(99年)で、私はインターネットを通じて、初めて生の視聴者の声に触れた。

『眠れる森』のホームページに寄せられる多くの意見の中に、作者の意図を的確に読み取ってくれる人を見つけるたび、ほのかな希望を抱いたのだった。
自分はこれまで誰を相手に仕事をしてきたのか。視聴率という数字でしか判断しない人ばかりを相手にしてきたのではないか。でも、「こういう人たち」を相手に仕事をしていけばいいのかもしれない、ひょっとしたら自分が相手にするお客さんは「ここ」にいるのではないか、と。
『眠れる森』の時には、まだインターネットに対して傍観者でしかなかった私は、スタッフからの要請もあって、『氷の世界』のホームページには直接参加することにした。ドラマが進んでいくのと並行して、視聴者から寄せられる意見を読みつつ、私が作者としてコメントを返すという形、いわば視聴者と対話するようなスタイルを採った。

ところが、ここで予想外のことが起こった。
作者である私が直接参加したがために、匿名の視聴者たちはそのことを面白がり、ついには作品の批評を超えた私に対する誹謗、中傷、人格攻撃を始めた。
「お前の作品はひどすぎる」
「作家なんかやめちゃえ」
私はそう書いた人と話したいと思った。「何でそこまで言うのか」「なぜやめなきゃいけないのか」と。しかし実際の本人と話すすべはない。ネットの世界では、結局言われっ放しで会話ができないのかと、もどかしい思いばかりが募る日々だった。

私は自分の名前を出して発言した。しかし相手はそうではなかった。匿名性というなかでは、どんな人間でも演じられる。自分の発言に責任を持たずに、どんなことを言っても攻撃されはしないという安全地帯にいる。私が「本当のお客さんなんじゃないか」と思っていた人は、実はどんなふうにでも化けられる。この人たちの生の声はいったいどこにあるのか。
人間が面と向かって話す時、心で芽生えたことを言葉にする段階で推敲する。「こういうことを言ってもいいのか」「ここまで言っても許されるのか」「これは言ってはいけないんじゃないのか」「ちょっと遠まわしに言わなければいけないんじゃないか」そんなことを考えながら話をするのが、人間の会話だと思う。
しかし、ネットでの会話は、言葉を吟味するというプロセスを省いていく。確かに生の声ではあるけれど、生の声以上に自分を激しく駆り立てていく。本当の気持ち以上に自分を化けさせていく。それによって傷ついていることがとてもバカバカしく思えてきた。ネットでの会話は人間同士の会話ではないのだ。

『氷の世界』のホームページで、最後に「もうあなたたちとは対話をしない」と書いた。ここに自分が本当に相手にするお客さんがいるかと思ったけれど、どうやらそうではなかった。このぬくもりのない世界で対話するのはこりごりだと思い、自ら決別することにした。
以前話題になった東芝の一件のように、インターネットは大企業だろうが何だろうが、一つの権威を崩壊させる手段になる。私自身が権威だとは思わないが、ネットにおいて作者が署名という形で出てしまったことで、ある種のターゲットになってしまった。権威を突き崩すという行為が楽しいという心情はわからないでもない。しかし、少しでも相手の心に触れ合いたいと思っていた自分が参加する場ではなかった。参加しようと思ったこと自体を、今も後悔している。

『ネット・バイオレンス』は、そんな自分自身の苦い経験が、発想のベースになっている。自分の経験と怒りをもとにドラマを書くということは、私にとって久しぶりのことであるし、とても珍しいことだ。
匿名性をいいことに、仮面を付けているのをいいことに、自分の心を激しく駆り立てて相手に投げつけるネット社会の住人たちに、このドラマで問いたい。
電脳世界というのは、ぬくもりのある人間関係をどんどん削いでいく。距離を置いたまま言葉をぶつけ合うだけでは、世界はどんどん閉じていくばかりだ。本当にあなたたちはそんなぬくもりのない世界で生きていたいのか、と。
むしろ、ぬくもりを求めてネットに参加する人もいるだろう。しかし、この世界ではそんな人たちはどこかで押さえつけられ、周りの過激さの中に埋もれてしまう。

いま、現実に起こっている殺人事件は、虚構の世界を超えて遥かに不可解なものになってきている。人々の憎悪が増殖し、パンパンに膨らんでいるのが現代だ。インターネットにおける悪意の増殖というのも、こうした時代の反映ともいえようが、ネットという閉じた世界でこそ、よりいっそう膨らんでしまったと思っている。
人はたぶん、こんな便利なものを手放すことは絶対しないだろう。このドラマのなかで私は、ネット世界は「暴力装置」と書いた。使い方を間違えば容易にそういう装置になりうるからだ。だからこそ一人ひとりの意識の持ち方、良識が問われるのではないか。

書籍「野沢尚のミステリードラマは眠らない」(野沢尚著、2000年、NHK出版刊)より引用。

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